PAL106便
99.02.23







 
WorkPad日本語版への道





Palm/Pilotが日本語化されるまでの
道のりはこれまで神様・山田達司さんの
手のひらの中にあった。


1996

Palm Computing(当時US Robottics社)によって
Pilot 1000Pilot 5000がリリースされたがの
1996年3月。

その5ヶ月後に、一人の日本人
参加していたとあるMailingListで
その目新しい超小型PDAの存在を知る。

そして同時に彼は断片的ないくつかの情報と
自らが感じた直感のままに、
同PDAのプログラム製作ソフトを発注していた。
そのソフトにはPilotという名前のPDAも付属していた。
しかも比較的安価だった。

この偶然を生んだ背景は2つあった。
ひとつはその日本人男性がPDAマシンに興味を持っていたいこと、
そしてもうひとつは、Pilot成功の鍵を、
世界中に散らばった無数のプログラマたちが
気軽にプログラム製作に打ち込める環境だと信じた
Palm Computingの人間達の英知が
製品のリリースと同時に
安価で手軽なプログラミング環境
提供していたこと。
これによる。

そして同年9月、その日本人の手元に
マシンとプログラミング開発環境が整った時、
あの伝説の3日間で
その男は日本語ビューワを完成、
同10月にはちょうどリリースされたばかりの
HackMasterという画期的ソフトを利用して
OS全体に日本語パッチを当てる
J-OS 1.1が完成した。
この日から、Palm/Pilotの日本語環境は
のちに神様と呼ばれた男、
山田達司さんを中心に動き始めた。

以降のJ-OSの進歩は目覚ましい。

1997

翌97年春にはJ-OS 1.9をリリース。
Palm/Pilotの日本語環境はほぼ完全に整った。

同時に、新型マシンPalm Pilotシリーズへの対応し、
市販パッケージ版としてリリースされた
J-OS Proの登場は97年夏!
秋葉原IKESHOPから正式販売された。

このあたりからJ-OSの完成度が
いまだ日本語化されていなかった
Palm/Pilotに強烈なパワーと可能性を与えた。

果たして、Palm Computing内部で
純正日本語版リリースの計画が生まれたのが
いつ頃なのか、正確にはわからないが、
初めてその噂が流れたのは
ちょうどこの頃、97年秋頃だった。
リリース予定は98年春?などと言われていた。

1998

そんな98年冬には、
純正日本語版の噂を吹き飛ばすかのように
凖インライン変換、大文字フォント、
ローカライザーなどを装備した
J-OS Pro 2.0が登場
もはや、ここまで進化した同シリーズに
勝てる日本語版など誰にも作れるはずが
ない、そう確信させてくれた。

あくまで機長の予想だが、
おそらくこの時期、
Palm Computing社内でも
独自の日本語版開発を続けるのか、
J-OSシリーズを正式採用されるのかで
揺れていたのではないだろうか?

純正日本語版が出るかもしれない
と言われていた98年春になると、
フラッシュROMを持った新型マシンPalm IIIが登場。

J-OSはさっそくこれに対応して
それまでHackMasterの助けなしには
PalmOSを乗っ取ることが出来ないという
足枷をもぎとって、
ROMに焼けるJ-OSが誕生した。
その名もJ-OS III

最初のこの新機能の重大な意味に
鈍感な機長は気づいていなかった。
気づき始めたのは、
IKESHOPがとうとう、
このROM焼き可能という特製を利用して、
買ったその場からJ-OS が使えるPalm IIIの
販売を、最初は試験的に、
そして晩夏の頃には本格的に
発売するようになってからだった。

この動きは、IKESHOPにとどまらず、
Pilot Pro Shopや、後発のVis-a-Visにも受け継がれていく。
買ったその場から日本語が使えてハードリセットしても
日本語環境のまま使える。
ここまで来ると人々は、その頃、
季節の変わり目ごとに囁かれてた
純正日本語誕生のニュースにも驚かなくなっていた。

こうして98年は暮れていった。
が、その頃、機長はある疑問を
感じていた。

最初はおぼろげな疑惑から始まった。
98年春頃、猛烈な勢いでバージョンアップを繰り返していた
J-OSの仲間でありライバルである
後発日本語環境ソフトたちの動きが
98年年末頃からいきなりピタリと止ってしまったのだ。

それはたとえば、
もっとも早く97年夏に登場して一斉を風靡した
知的でエレガントな入力システム
増井俊之さん「POBox Pilot版」であり、

また機長も一時期熱狂的にハマった
98年3月リリース、
完全インライン入力システム
岩間直純さん「manae」であり、

また、これこそ真打ちではと言われた
98年4月リリース、
Graffitiを捨てたひらがな入力システム
奥地耕司さん「Hirapa」である。

これらはJ-OSを利用しながらも
将来的にはJ-OSを越えうるかもしれない
可能性を秘めた素晴らしいソフトばかりであった。

パーム航空でもPAL048便で特集し、
Palm/Pilotワールドでもこれらの新世代入力システムは
熱狂的に迎え入れられた。

ところが、98年末になると、
これらのソフトの動きはピタリと止った。
明らかに日本語入力システムに関して
何か異変が起こっている。
機長はそんな予感がしていた。

そして何よりも、
日本語入力システム最大の王国J-OSシリーズまでが、
それまでの怒濤のバージョンアップが嘘のように
静まり返っていた。

ちょうどその頃、日本中では
純正日本語システムの最後のテスト
本格的に進んでいた。

純正日本語システムは
ずっと日本IBMで進んでいたとは考えづらいずらいので、
おそらくは3Com内部、
規模を考えればアメリカ本社の
Palm Computing内でこの研究は進んでいたと考えられる。

1999

こうして、嵐の前の静けさを経て、
99年2月3日のスリーコムジャパン社の新製品発表会へと
時代は動いていく。

ここでPalmOS日本語版マシンの発売だけが発表され、
この席で、神様・山田達司さんが
最大の功労者として讚えられ万雷の拍手を受けた。

しかしまだパートナー企業だけが発表されていなかった。
それを象徴するように、発表会場に置かれたマシンは
クリアケース!
どんな企業が来ようとも対応できるいい方法だ。

楽観的な機長などは
これだけで、すわ!Apple社も参戦か?!などと
騒いでいたが、
結果は当初の予想通りIBM社であった。

なぜ3Com社が、
というかスリーコムジャパン社が
自らの販売ルートではなく
パートナー企業の手を借りて
PalmOS日本語版マシンを発売することになったのか?

その最大の原因は、まさしくその販売ルートにあるだろう。
口コミマシンとしてならスリーコムジャパン社だって
実績は持っているし、これからもそこそこ販売数を
伸ばせるだろう。

だが、爆発的な飛躍を!と考えた時、
それは難しいだろう、と機長は断言できる。

その答えは簡単だ。

そこらにあるパソコン雑誌やモバイル雑誌を
見てみれば話しは早い。

巨大な先行投資やラインは、持てる者の特権だ。
Palm/Pilotだってそろそろお年頃だ。
雑誌の中でいつも控えめな壁の花で
い続ける訳にはいかなかった
社交界にだってどんどん出ていかなればならない。

それはちょうど、
ハードウェア企業でありながらOS企業、
つまりPlatformのフラッグシップを握るという
3Com社のテーマにも合致していた。

そんなパートナーとしてIBMは
申し分のない存在であった。

少なくとも彼らにはそのための
人的・資本的パワーがある。

さて、今回の「日本IBM社の新製品発表会」
招待されることが決まった時、
機長の役割は、
嫁に行く「妹」の結婚相手を
値踏みしながら睨みつけてくる
姉の役割だろうと思った。

果たして、その男は「妹」の夫として
ふさわしい人物なのか?






日本IBMという会社





ぶっちゃけた話、
今回の「日本IBM社の新製品発表会」
機長が招待されたのは
ほんとに会の直前3〜4日ほど前だった。

すでに噂で、パートナー企業は日本IBMに
間違いないと聞いていた機長だが、
心のどっかで、
そのニュースを素直に喜べないでいたのも
事実だった。

その一因として、
一時的とは言え、
機長が大好きな企業
Apple社からのリリースもアリか?
・・・などと甘い夢を見ていたせいもある。
だが、
それ以前に機長には
IBMまたは日本IBMという会社への
イメージが乏しかった。

ThinkPadは欲しいと思ったことはあるが、
最近ではデカすぎるよな、
あのサイズならPowerBook2400で十分なんて
思っていたし、
Macintoshファンとしてはその後の
IBM社=Apple社の、実はIBMが被害者である
哀しい提携の歴史などよりも、
かつて、Apple社の伝説的なCMで
Macintoshに破壊される対象としての暗黒帝国IBMという
イメージくらいしかなかった。
そう、Microsoft帝国のひとつ前の王朝というイメージ。

Palm/Pilotとの提携に関しても
そのパートナーシップの歴史は
そんなに浅いわけじゃないが、
かと言って長いというほどでもなく、
デビュー時にその黒光りするケースに憧れたのが最初で最後の、
以来、IBMとその会社がOEM販売していたWorkPadん関して
それほどの興奮を味わったことがなかった。
「メインフレームから手のひらサイズまで」という
自社の言い訳のためにOEM販売してるだけでは?
なんて邪推さえしていた。
愛してないなら返せばいいのに、とまで
思ったこともある。

そんなIBMの日本法人が
果たしてPalm/Pilotを本気で愛してくれるのか?
本気で売ってくれるのか?
疑問に思っても無理はない。

ところが、
実は「日本IBM社の新製品発表会」に出かける
直前から機長の心は早くも揺れていた。

たとえば現在、パーム航空のTopPageについている
IBM社のバナー。
これも実は、アップロードする3日ほど前に
突然いただいた話である。

なんて急な!
しかし、それを依頼するメールには
「Palm/Pilotに対する愛情」が溢れており、
「是非そんなマシンの日本での普及を一緒に!」
という素敵なオルグ言葉が並んでいた。
機長はこれにやられた。

単にラブレターの名手が日本IBM社に
いただけなのかもしれないが
このメール一本で早くも機長の心は揺らぎ始めていた。
このメールのくどき文句のために、
ちょっとやそっとのことじゃ「パーム航空」は有料化しないぞ、
というポリシーも一瞬で崩れ去ってしまった。
もしかしたらこの男は「妹」を愛してくれるのかもしれない!

続いて「日本IBM社の新製品発表会」への
招待メールも届いた。

こりゃ行くしかあんめい!

とにかくスケジュールを強引に開けた。

とにかく行くしかないんだ!と。

で、行った。

しかも場所は・・・て、帝国ホテル・・・!!!

なんか機長が昔から持っていたIBMのイメージそのままだ。

IBM=帝国

ま、そんなことはどうでもいい。

また、生まれて初めて帝国ホテルに入って
ちょびっと緊張していたのもまあ、いい。

クロークでコートだけ預けて
鞄を預け忘れた。これもまあいいだろう。

たまたま
前の仕事が早めに終わってくれたので、
ちょっと早めに会場に到着することが出来た。
指定された「富士の間」に向かう。
ところが「富士の間」前の受付には人っ子ひとりいない。
関係者が数名いるだけ。

あれれ?意外と寂しいんだ。
と思うまもなく、会場内からはすでに
アンプを通した講演風の声が聞こえている。

あ、もう始まってる!

あとで確認したら、機長は30分遅刻していた。

まあそれもいいだろう。
悪いのはこっちだから。

で、会場に入った。

この種の会場、
つまり新製品の記者発表の席に行くなんて
これまた生まれて初めてなもんで、
思いっきり戸惑う。

こっちは記者会見といえば
ワイドショーでよく見る
芸能記者会見のイメージぐらいしかなかったのだが、
ちょっと違ってた。

数百名は入るだろうと思われる会場には、
一人づつゆったりと座れる椅子と
テーブルが用意さていて、
まるで学会とかのイメージ?
座席はほぼ満席状態。

空いてる席を見つけて座ると、
さっそくコーヒーが運ばれてきた。
この辺はさすが帝国ホテル!

で、すでに始まっている講演に
さっそく聞き入った。

隣の席ではどっかの記者が
黙々とモバイルマシンのキーボードを叩き付けている。
その隣の席ではどっかの記者が
パンフレットを半開きにしたままの
不自然な姿勢で眠っている。
ま、これもいいだろう。

で、演壇を観ると、

オジサンが一人、巨大モニタを従えて喋ってる。
この人、日本IBM取締役 堀田さん
(名前はPalmfanであとで確認した!)

印象的だったのは
「わずか1000日で世界が変った」という話の中で
ヨーロッパのpsionのシェアについて言及があった。
96年には60%だったシェアが現在は27.7%に
落ちた。これはPalm/Pilotが取って代わったからだ、
という説明だった。
そうか、psion、そこまで落ちていたのか。
知らなかった。

論法としては、まず無人の新大陸を占拠した。
ヨーロッパもpsion帝国を打破した。
次はアジア(というか日本の)ザウルス王朝を打破する番だ!
ってな感じか。

また、実売数100万台への到達時間をグラフにして、
Macが7年かかった。
東芝のLaptopが5年、IBMのPCマシンが3年かかったものを
Palm/Pilotはわずか1年半で達成した!
という勇ましい数字が発表されている。
まあ、単価の問題は別に、ってことだと思うが。

同じくシェアの話。
アメリカのシェアは巷間言われている通りの数字
77%と言っていた。
ちなみに、2位はIBM社の6%になっていたが、
これはWorkPadじゃない?

そしてPalm/Pilotは「小型の自動車」じゃない。
「自転車」なんだ!という論法だ。
だから無駄な機能やエンジンはいらない、と。
うむ、その通りだと思う。
この例えば、「小型の自動車」を目指す
他社の弱点をうまくついている。

あと、
「みなさんも携帯電話などですでに体験済みのはずだが、
電源は入れるためにあるのではない。切るためにある!」

という言葉は説得力があった。
ようく考えないと意味がわからないのだが。

次の外人さん
機長も覚えていなし、
メモも一行もない。
で、廣瀬さんのPalmfanを見たが
やっぱり名前は不明だ。
3Comの人らしい。

続いては、日本IBMのかげやまさん
(これも名前はPalmfanであとで確認)

この人の話はWorkPad日本語版の概論だ。

Graffitiはほぼ普通のアルファベットと同じ。
普通のアルファベットと違うのは7つだけだ。
この7つだけ覚えればすぐGraffitiを使いこなせる。
(こういう風に7つだけ!とか強調するやり方は
アメリカっぽいが効果的だと思う。わかりやすい)

ちなみにここであげていた7つの文字とは、
「A」「F」「K」「Q」「T」「4」「5」。
うまいこと、そんなに難しくない文字も含まれているのが
これまたナイス。確かにこれらを覚えるのには30分もいらない。

漢字入力だと51画の「営業会議」がGraffitiなら11画、
26画の「電話」がGraffitiなら6画という攻め口もいい。

「忘れるくらいに長い電池寿命」というキャッチコピーもうまい。
確かに、機長もしばしば忘れてしまう。

フォントに関する説明の中で、
(開発の過程で)画面に文字をびっしり詰め込むことも
考えたが結局やめた」
と言っていた。
どういう意味だったんだろう?
液晶が高画質になったことで今よりも
もうちょっと文字だらけ画面にするつもりだったのか?
今ので正解だったと思う。

とにかく、この人の解説は的確だった。

スライド&レジメの構成とかキャッチも
よく出来ている!
かなり練り上げられたプロの仕事だ。
あとはこれがちゃんと通常のマスメディアまで届けばいいのだ。
他社の妨害、例えば鈍牛OSの邪魔などを受けずに。

この人はかなり熱い人で、
なにかあると、
(現在のPalmは)「まさにPC/AT、DOS/Vの頃の情熱!」
とか「PC/AT、DOS/Vの頃のエネルギー!」
という表現を連発していた。
機長にはなんのことやらさっぱりだが、
まあ、何となく気持ちがわかる。
この人の熱さは、全然不快じゃなかった。

「これこそまさに!PC/AT、DOS/Vの頃の情熱です」

あ、また言ってる。

続いては、関連企業を代表してSybase社チョウさん
レイモンド・チョウと聞こえたが、
たぶん聞き間違いだと思う。
もしくは同姓同名?

顔が黒鉄ひろしさん(絵じゃなく漫画家本人)に似ていた。
Sybase社はWorkPad用の極小データベースを作る開発キット
「SQL ANywhere UltraLite SDK for Palm Computing」というものを
提供するらしい。
機長にはよくわからんが、要するにこれによって
「メインフレームから手のひらまで」が一本の糸でつながる
ってことじゃないかと思う。
企業ベースでの使用には便利なんだろうな。
出荷予定は4月以降(予定)らしい。

で、最後は同じく関連企業を代表してオラクルの新宅さん

いきなり「一緒にWindowsに風穴を開けましょう!」
ぶちかます、やはりテンションの高い人。

「Palmが好きな理由?それはWindowsに
風穴を開けられるマシンだからです!」

とにかく異常にテンションが高い。

(実はLotus NotesのためのEasy Syncは)
「社内のPalm好きが、クラブ活動的に作ったもの。
うちの社にはPalmファンが多い。そして私もそうだ!」


Oracle社は、自社製品Oracle LiteをWorkPadに完全対応させる。
現在のR3.5ではここまで対応!
夏に発売されるR4.0ではここまで出来ます!
とかプレゼンしていた。

そんなところか。

この後、記者からの質疑応答が始まった。

その中からいくつか拾ってみよう。


Q:通信対応は?

A:すぐにI.O.DATAから専用のモデムが出ます。

【機長】会場にもすでに展示してあった



Q:Palm V相当の日本語版マシンは?

A:現在鋭意テスト中です。

【機長】早く作って欲しい!という声は大きい。
だが、その場合のメモリは?という心配もある。



Q:Palm-sized PCとの差は?

A:比べることすら意味がない。
向こうは大型コンピュータを小型化しただけ。
こっちは最初ッから紙の手帳に替わる
PDAを作ろうとしている。
まったく別のもの。
それに、
うちのマシンには砂時計はないし、いらない!


【機長】この「砂時計はいらない!」という言い切りは
好きだな。電気屋の店頭で触ったPalm-sized PCマシンは
まるでPhotoShopで大型画像でも扱ってるかのような
「砂時計」の連続だった。サウナじゃないんだから!



Q:日本語開発環境は?

A:2月3日にすでに発表しました。

【機長】もうちょっと優しく答えてあげようよ。
いくら相手が勉強不足でもさ。


Q:(3Com担当者に)なぜIBM一社なのか?

A:とりあえず1社ということに過ぎない。
これはちょうど3年前のアメリカの状況に似ている。
それで今のところは十分だと判断した。

将来についてはわからない。

【機長】Appleは・・・?


(日経Macの記者さんより)
Q:MacPacの日本語版はいつになれば登場するのか?

A:現在、前向きに動いている。
ご存知のように、すでに日本語対応のソフトを作った
開発者がいるので、その開発者とも連携している。


【機長】日本語対応ソフトを作った人って・・・?
日本語対応ソフトを作ってるってことは
英語の正式版はもう出来ているってこと?
・・・謎は多い。


Q:(IBM社に)日本での勝算はあるのか?

A:「人の手を出してないところに手を出せ!」
「人が手を出してるところはリスクが多すぎる」
これは我が社
(IBM社)のトップからの方針でもある。
その結果、
(既存の)数字は無視するようにしている。
他の連中と一緒のパイを食べる気はさらさらない。
IBMはまったく別の新しいパイを食べるつもりだから。


【機長】こういう勇ましい台詞は大好きだ。
誰かがスリーコムさんよりもIBMの方が過激だ、
と言っていたが、もしかしたら本当かもしれない。
IBM社の少なくとも今回のチームの本気さ&必死さは
尋常じゃない。



Q:スリーコムジャパンに質問。日本での数字の実績は?

A:数万台としか言えない。

【機長】まあ、現状よりも未来が大事だから。
これはこれでいい。だって、これまでは口コミだけの
ガレージセールみたいなノリだったんだから。
これから、これから!



Q:USBへの対応は?

A:アクトンテクノロジーからコネクタが出る。

【機長】iMacユーザも安心!


Q:ブラウザは装備しているのか?

A:ブラウザも、メーラーも
ユーザに自由にチョイスしてもらうつもりなので、
標準装備するつもりはない。


【機長】そうそう、これがPalm/Pilotな思想。
携帯電話が内蔵されるまでは
このままでいいのかもしれない。



Q:北米と欧州では企業重視を目指すのに、
なぜ日本では企業とコンシューマを同時に目指すのか?


A:向こうではすでにコンシューマにはかなり行き渡った。
だから企業を目指す。
でも、日本はタイミング的にその両方を狙える。


【機長】うん、理屈は合ってる。



他にも気になったコメントだけを抜き書きしておくと、

「Palm/Pilotとは、比較的公私混同したアイテムだ」

【機長】とっても面白い表現だ。
そう、これがPalm/Pilotの魅力だ。
Palm-sized PCマシンもザウルスも
公私混同しようにもその内部選択肢が少なすぎる!



「一日に数度しか見ないような製品に砂時計はいらない!」

【機長】これは何度も強調していたが、真理だと思う。
ずいぶん前にも書いたよな小型の車じゃなく
「自転車」なんだ!という思想だ。



・・・と、

なかなか面白い記者発表だった。
とくに質疑応答はとっても楽しかった。

そんな質疑応答の途中で、
場内前方に見慣れたポニーテールを見かけて少しホッとする。
あのポニーテールは間違いなくPalmfan廣瀬さんだ。

さて、こうして記者発表は終わった。

ところで、この記者会見では
IBMのPalmに対する妙な本気
ひしひしと伝わってきたことが嬉しかった。
彼らは本気だ。

下手をすると、スリーコム以上に燃えている。
そして各種関連企業まで含めて、
まるで「ホンダにおけるF1部門」のような
社内の勝手連的な空気が今のムーブメントを作っているんだとう状況が
たまらなく嬉しかった。
とってもPalm/Pilotっぽい!

帝国ホテルのどっちかというと
格式ばった空気の中で、
そういう人肌の熱意が妙に印象的だった。

さて、記者発表後は、
会場の周囲に設けられた各種ブースを回った。

・・・いろんな企業がブースを出している。

機長は廣瀬さんほど熱心には見てないのだが、

JR東日本「JRトラベルナビゲータ」
という電脳コンパスソフトはちょっと気になった。
交通機関の路線検索、時刻表ダウンロード、位置情報などが
可能だという。価格は3800円!
安すぎると思ったら、年間サポート料が別に10500円かかる。
まあ、それくらいはするよな。
発売日は未定。でも、楽しみ。

機長も心配だった「Snap Connect for WorkPad」
I.O DATAから出るらしい。
ところでこれまでのものとどこが違うんだろう?
やっぱり色かな?

あと、KOKUYOのヨコクで
OAシリーズ用のケースががたくさん出ていた。
Palmfanにも出てたが、終了間際に
機長も1アイテム貰ってきた。

・・・などなど

製品を出しているブース、
モックアップだけのブース、
いろいろあるのだが、
その一件で、
意外な人物に出会った。
Vis-a-Vis水谷さん

そう、Vis-a-VisもまたIBMとの提携企業として
ラインナップされたいるのだ。
「うちみたいなとこが申し訳ないんですけど、
入れてもらってます!とにかく頑張ります!」

と、謙虚なんだか、威勢がいいんだか不明な言葉を語ってくれた。
でも、今回の水谷さんは出展企業のブース担当でもあるので、
いつもの2400な顔ではないオフィシャルな顔。
こっちもなかなかチャーミングだったです。

そんなブース群の中でひときわ気になったのが
「富士通の片手キーボード・SH-Keys」

ほとんどモデムサイズで
モデムと同じように差し込んで使う。
コイツの頭の良さにはちょっと感動した。
文字キーがわずか18個しかない。
でも文字入力が可能だ。
どうやるかっていうと、
1つのキーに2つのアルファベットが割り当てられていて、
それを押していくと、
一瞬むちゃくちゃな単語が挿入されるのだが、
内部の回路がこれを自動的に辞書検索して
日本語として正しい配列に直してくれる。
すんげえ頭のいい奴だ。

例えば、「KICHO」と打つと
それぞれ2つのアルファベットを持っているので
一瞬「ZHCHS」と打ちだされてから、
直後に「KICHO」と表示される。

実際にやってみたがホントに賢い。

このキー配列をすぐに覚えられるかどうかは
別にして、その小さなサイズからして
これを使いこなしたら物凄い武器になるだろう。
3月中には出荷とか。
めちゃくちゃ楽しみ!
早くもっと触りたい!

なお、このブース巡りの途中で、
Palmfanの廣瀬さん、
FPALMみのたんさんに会う。

で、一通りブースも見て回ったところで、
一服したかったせいもあって
会場の外のロビーに向かう。

このあと始まる「Palm Computing Platform 懇親会」までの
時間つなぎの意味もあった。






Palmの心(掌)






さて、会場外のロビーに出ると
そこにはまたまた見慣れた顔が二人いた。

神様しゃあみんさんだ!

二人のスーツ姿が妙に新鮮!
とくに神様の緑色のスーツ
(東京無線よりは濃い)姿には驚いた。

そこにもう二人、男性がいた。
ひょろっとモデル並の身長で着こなしも爽やかな青年
「漆トロニクス」漆畑さんと、

とっても人懐っこい笑顔が印象的だった中年紳士、
「Papi-Mail」流田さん

二人とも初めてお会いした。

漆畑さんに「最近寡作ですけど、新作は?」と尋ねたら、
怪しい微笑ではぐらかされてしまった。
「きっと何か企んでいるぞ!」と
機長は睨んだのだがどうだろう?
今後の漆畑さんには注意が必要だ!
ところで、漆畑さんはどことなく雰囲気が
大リーグに行った木田投手に似ている。
ま、そんなこた〜どっちでもいいのだが。

流田さんは初めての名刺交換に
素朴に感動していらっしゃる姿が
とっても可愛かった。
「お、お、お!出ました、出ました」

そんなところへ、
IKESHOP古川店長や、
FPALMのバルタンさんが現れる。
バルタンさんの手にはさっそくIKESHOPの袋に入った
「WorkPad日本語版」が!

みんなでワーワー言いながら取り囲む。

それにしても、凄いメンバーが集まったものだ。
先日の幕張計画も凄かったが、
今度のメンバーもまたまた凄い。
凄いメンバーのオンパレードだ。
そしてとにかくみんな、個性豊かだ。

そして「懇親会」が始まった。

スリーコムから届いた招待メールには
「カクテルパーティ」とか書いてあったので、
鹿鳴館か?と思っていたが、
そこまではいかないものの、
いわゆる立食のパーティ。

我々、基本的に個人レベルのPalm/Pilot関係者から、
いわゆる関連&提携の企業レベルの関係者まで
ズラ〜っと揃っている。

こっからの話は、
Palmfanにも詳しいが、
我々はここで何が始まるとも知らずに、
だだっ広い会場のセンターテーブルで
食べるのも忘れてワイワイとダベっていた。

すると演壇に立った
3Com社アジア地域の担当者Palmfanによるとウィルさん
挨拶のスピーチを見事な日本語で始める。
それでも適当に聞き流しがら、
ダベっていると、
ふっと耳に引っ掛かる言葉が、
「・・・ここまで日本のPalmを引っ張ってきてくれたのは
一重にこの人の力によるものです。山田達司さん!」


一瞬、そこにいた全員の顔がスローモーションで
神様の方に吸い寄せられる。
神様も少し驚いている。
やがて場内から拍手。

「山田さんの功績なくして、
今のPalm Compuitng Platformはありませんでした」


また拍手。

「そして、日本のPalmを支えたのは山田さんだけではありません。
ウェブサイトを運営する皆さんも多くの功績を残してくれました。
FPALMのみのたんさん」


拍手。

「Palmfan.comの廣瀬さん」

拍手。

そして、しゃあみんさん、さらには機長までが名前を呼ばれた。

え・・・・・???

「山田さんを始め、皆さんにささやかながら
我々からのプレゼントがあります!どうぞ、こちらへ」


ちなみに廣瀬さんはこの瞬間に
正解を予想していたそうだが、
機長は間違ったものを想像していた。

「もしかしてWorkPad日本語版か?」

残念ながらこれは不正解だった。

「みなさんのご想像通り、こちら、
Palm III用クリアケースです」

ウィルが演壇でかざして見せたのは紛れもない
クリアケースだ!

そう、Palm/Pilotのために功績のあったものだけが
貰えるというあの伝説のクリアケースだ!

今日からは日本中どこでも手に入る
WorkPad日本語版よりもよっぽど嬉しい。

たとえ、あと数週間後には
Palm Colorsで出荷する(?)にしてもだ!
今はまだこれを手にしているものは少ない!
わ〜い!と素直に機長は心の中で小躍りしていた。

そして一人づつ名前が呼ばれ、
ウィルからクリアケースを受け取っていく。

戻ってきたことろで、
しゃあみんさんがこぼす
「見てくださいよ、僕の、こんなのですよ」
それは、せっかくのクリアケースを
破れかけたビニール袋と
セロテープで無理矢理結びつけた状態になっている。
確かに「ハズレ」っぽい、
なんともはや憐れな姿。
でも、機長のもやっぱりそうだった。
隣の神様のも、みんたんさんのも、廣瀬さんのも・・・。

ははは。

でも、やっぱり嬉しい!

(すまない、自慢話で。でもまだ続く)

そんな機長が浮かれている横で、
「○○さんや○○さんも来れたら良かったんだけどな〜」
と、神様がポツリとこぼす。
さすが神様だ。そんなところまで気を使っているのか!
頭の中で小躍りしながらスキップ踏んでいる機長には
とうていマネの出来ない芸当だ。

この時点ですでに機長は
3Com社の思うがままに浮かれ、
思うがままに舞い上がっていたのだが、
この後、さらに舞い上がってしまう演出に
とどめを刺されることになる。

もらったばかりのクリアケースを見つめながら
機長が悦楽の境地に入りかけていた時、
「こちらをご覧下さい!」というウィルの声が聞こえてきた。

???

と、何気なく言われるがままに見上げたスクリーンの中央に
Palm Computing Platformの見慣れたマークがある。
そしてその周囲には
IBM、Lotus、オラクル・・・と言った大手企業ロゴに並んで、
FPALMの真新しいロゴがある!
Palmfanのロゴが!
しゃあみんさんの似顔絵マークが!
神様のページのトップロゴが!
そしてパーム航空のイラストつきロゴが並んでいる!

「こうした数々のサポートに
Palm Computing Platformは支えられているのです!」


あ〜、もうやられた!
ウィルめ!
というかPalm Computingめ!
3Comめ!
なんて憎い演出をしやがるんだ、てめえらは!
あんまり嬉しくて泣いちゃうぞ!

周囲から拍手。
機長も思わず、訳もわからずに拍手している。

このままこの会場で壺とか売られたら買っちゃうぞ!
よくわかんない健康食品でも買っちゃうかもしれない!
ハンコ押せって言われたら白紙委任状にでも押しちゃうぞ!
という、見事な演出にハメられてしまった機長だ。

その後は各自ご歓談下さい形式の
いわゆる立食パーティ状態。

我々のところに寄ってきてくれた人の中には、
パーム航空のドメイン問題を心配してくれた人もいて、
「この場で直に3Com社の人間とお話をしてみればどうですか?」
というアドバイスをして下さる方もいたが、
さっきの演出二本立て作戦のために
「今日はもうどうなってもいい!ママに遅くなるって電話しなきゃ」
・・・状態だった機長は
とてもそんな気分になれなかった。

会場の神様はそれこそ大スターで
個人・企業さまざまな人が寄ってくる。
それをわざわざ我々に紹介してくれたりするという、
相変わらずの気配り名人!
なんだ、この人は!
やっぱり神様だ!
東京無線よりも濃いグリーンのスーツは
伊達に着ちゃあいない。

そして神様がそんなロビー活動をしている間に
機長は、神様だけが貰ったあの素晴らしすぎるアイテムの箱を
開けて見てしまった。
しゃあみんさたちと驚きの声を上げる。
ここには書けない素敵なアイテム。
神様、ごめんなさい。
神様が戻ってくる前に箱に戻したけど、
あの箱を勝手に開けたのは機長です。

そんな我々の溜まり場にこっそりと
ブースを抜け出したVis-a-Vis店長も来てくれた。
店長からは先日の幕張の時の機長の恥ずかしい写真も貰った。
(あ、極私的2400c頁にもこの日の話が・・・)

そんなこんなでお開きになって
この夢のようなひとときは終わった。

やるじゃねえか、Palm Computing!
こいつらはいい奴だ。
壺買うぞ!壺!

と、完全にマインドコントロールが抜けなくなったまま
機長は会場を後にした。


とにかくこの日は、
IBMの「本気」と
Palm Computingの「心」

わかっただけでも大収穫だった。

おまけに凄い人たちとも会えたし、
もう思い残すことはない!

今すぐ出家しよう、Palm/Pilotに!



じゃ。






1999年2月27日

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